szkHavenポケモン1ウィークカップ サンムーン杯

優勝はクロユリことじさつくんでした!!
おめでとう!!

旅パ同士のバトルということもあり、技構成や育成が洗礼されていないからこその展開が多々あったと思います。
最後はふりーと氏のボーマンダのドラゴンクローをアシレーヌが一発耐えてからのアクアジェットでの〆!
よいバトルでした!1WeekCup

投げたかったモンスターボール

とくに批評とか、未来を予想するとかでなく、単純な感想文的なやつになります。

・まえがき

先日いよいよ「PokemonGo」がリリースされました。
ゲーム「ポケットモンスター」はszkを構成する最も割合の多い要素といっても過言でないコンテンツでした。
10年前、2006年にインターネットでポケモンFR,LGを実況配信したのがszkのインターネットマン人生の始まり。
それからボカロPV作ったり、ゲーム実況したり、車載配信したりVJしたりして今に至るわけです。

・20年前の思い出

さて、話を戻してポケモンGoのリリース後、世界が変わったように見えました。
しかし、それは「新しい世界」ではなく「なつかしい世界」だったように思えます。
小学校のころ、友達と話したポケモンの話。
あのポケモンがどこにいた、とかジムバッチをいくつゲットしたか、とか。。。
あのころ、私の世界はポケモンを中心に回っていて、ある意味私はポケモン世界の住民でした。
学校の休み時間にポケモンの話をして、放課後は通信ケーブルを持って友達の家に集合して、友達とポケモンを交換したり、育てたり、友達のLv100のミュウツーを倒すのに悪戦苦闘したり。。。
あのころの私は「小学校」というクラスタの中のポケモントレーナーで、ポケモン図鑑の完成を目指す毎日を過ごしていました。
私の知っている世界はポケモンの話で満ち溢れ、友達はみなポケモンの話をして、私もその中の一人。
そして、あのころの私はまさか20年たっても自分がスーツ姿で同じことをしているとは夢にも思いませんでした。

・大人のポケットモンスターとPokemonGo

あのころのszkから約20年。
大好きなゲーム「ポケットモンスター」の熱はどこか冷めつつありました。
ポケモンというコンテンツは変わらず大好きで、ポケモン不思議のダンジョンやポッ拳や外電ゲームは合いも変わらずプレイしていたのですが、BWのあたりから調整や結果の収束してきたポケモンバトルに私は飽きていたのでした。
いつしかポケモン実況の回数も減り、私はボカロPVを作ったり、車載配信をしたり、VJをする方がインターネットの活動として多くなりました。
もちろん、”ポケモン”というジャンルの話題はこと欠かさなかったのですが、その中身は「メガガルーラが~」とか「今度のポケモンの舞台は○○だから増田はそこに旅行にいってるな」とか斜に構えた内容ばかりだったように思います。
ポケモン世界の住民は、己の成長とともに、いなければいけない世界に戻りつつありました。

そんな中、ポケモンGoのリリース発表。例のプロモーションビデオを見たとき私の中で何か期待感が生まれていました。
そのときは具体的にこの感情がなんなのかわかりませんでしたし、フィールドテストのときもピンときませんでした。

・ポケモン世界との融合

しかし、23日のリリース日。ポケモンGoがインストール可能になった瞬間。私の見ていた世界は様変わりしてしまっていました。
道行く人がみんなポケモントレーナーになっていたのです。
東洋大学の前では学生がジムを攻め落とすべく攻防戦を繰り広げ。
家の前のポケストップはルアーがおかれ、ポケモンを求めて小さな路地は人で埋まっていました。
上野公園はブーバーをゲットするために人が深夜に数百人集まり、みながポケモンの話をし、その脇をタマゴを孵化するためにじてんしゃ(あえてひらがな)に載った人が不忍池の周りをぐるぐると回り続ける。。。

その世界は見慣れた光景でした。今まで自分が20年間見てきた世界。
サファリパークで、コガネシティで、ズイタウンで、ミアレシティで、私の住んでいた世界、ゲームボーイの中に広がっていた世界が、現実世界に広がっていました。
ミニスカートの「ピカチュウって かわいいよねー!」というセリフを現実の女子高生が目の前でしゃべり、秋葉では「かがくのちから って スゲー!」とリアルで話している。
なんだかすごいことになっちゃったぞ。。。
私は思いました。これは、ゲーム世界との融合だと。

・「ポケモンが迎えに来た」

すると、面白いことが起こります、方やゲームの中で聞いていたセリフを話す人がいる一方で、20年前に私の周りでみんなが話していたポケモンの話をする人もいるんです。
小学校にくらべてもっと大きいクラスタなはずなのにみんな20年前と同じ話をしているのです。
「ピカチュウはどこにいる」とか「あそこのジムは手ごわくなってる」とか、私の隣にいる知らない人もポケモントレーナーで、20年前に聞き覚えのある話をしているのです。
なんだかものすごく懐かしい気持ちになりました。
ポケモンいえるかなやめざせポケモンマスターをみんながみんな歌えたあの時代の再現を感じました。
私はPokemonGoというアプリケーションが生み出した、多重化したポケモン世界にあの日確かにたっていました。
私が帰っていった現実の世界に「ポケモン」があの日あの時、私が住んでいた世界を引っさげてやってきたのでした。

・そろそろオチ

ながながと書いてしまいましたがそろそろオチを、、、
世間ではさっそく「なぜポケモンGoは流行ったのか」とか「いつまでこれが続くのか」とか、いろいろ議論がなされていますが、私はこれらの意見とは関係なく自分が思ったことがあります。
20年前も、17年前も、14年前も、10年前も、6年前も、2年前も。
私はゲームボーイ(DS)の画面の中で「どうぐ」を選んで「モンスターボール」を選び、Aボタン(実はLボタン派ですけども)を押して使っていました。

しかし、私はやっぱりモンスターボールを投げたかったんだと思います。
自分の手で、目の前に現れたポケモンに向かって。
そしてPokemonGOはそんな夢に私を少し近づけてくれたと思いました。

ポケットモンスター、ちぢめてポケモン。
20年前、私の胸を貫いたそれは20年後の今日という日に私の胸を再び貫いていきました。
動物図鑑には載っていない彼らの収集は、しばらく続きそうです。

以上、そつない文章を読んでいただきありがとうございました。